ありのまま

こんばんは。

只今、PCのブルーライトも遮断してくれる老眼鏡姿の私です。(笑)

老眼鏡は42歳くらいの時から、かけてます。(笑)

眼科で診断されたときは、ショックだったわ~(;^ω^)

少しでも、老眼鏡っぽくないものを選んで、サイドのレンズがフレームから浮いている男性用のを選んだんだ。

どうもね、私は老化が早いのかもしれない。

若い時から、ヘビーな人生を歩んできたせいなのか、老眼もさることながら髪の毛も20代から白髪染め使っていたしね。

まぁ、自分で選択してきたんだろうけどさ。(;^ω^)

今日、物凄く久しぶりに息子にあってきました。

息子は24歳になるんだけど、大きな赤ちゃんみたいな感じ。(*^▽^*)

前回、息子にあった時、ふと息子は自分から卒業したように感じた。

息子は、てんかんという病気により、赤ちゃん頃から発作を繰り返して、自分で歩いたりは出来るけど、人の介助がないと生きていけない。

言葉も発せないので、赤ちゃんがお話する喃語という感じなんだ。

今回、会いに行く途中で、ふと気づいたんだよね。

息子は、すでに自己統合されている状態なんだなって。

それでいて、存在するだけで国から障碍者年金を頂き、そのお金を使って介助してもらって生きている。

いわば、立派に自立していたことに気付いたんだ。

在るがままを受け入れて生きている。

それだけで、彼は愛の人なんだ。

彼が存在することで、まわりの人達(職員さんも同じ入居者さんも)も彼を受け入れ愛してくれている。

私は親という立場にいながら、彼から多くを学んだと思っている。

自立って、何でも自分でやることのように思うけど、本当の自立って少し違うんじゃないかなって思う。

自分の出来ない事は、まわりの人達の助けを借りて生きる事を自分に許可する事も自立であると思う。

彼は、自分で出来ない事をお金を支払って、介助してもらっている。

ふと、何もできないと思っていた息子が、立派に成長していたことに気付けた。

国から頂くお金も、彼の立派な収入。

その収入の中から、施設にお金を支払う事が出来て生きている。

その息子に、私の手をポンポンと叩いてたんだけど、なんだか「大丈夫だよ」と言われているようで、涙が溢れた。

いつの間にか、立場が逆転していたよ。(笑)

息子は、とても霊性の高い人だったんだ。

私の人生は、全て愛を知るためのものだった。

若い時からヘビーな人生だったし、今もなおヘビーであるけど、逆に贅沢な人生だったのかもしれないと思う。

誰しもが経験出来ない事を、私は体験してきた。

ツインと出逢う事で、最初から無償の愛で繋がっていたことを知った。

トリプルと出逢う事で、宇宙の愛を知った。

沢山の体験や感情を味わってきた。

障碍を持つ息子から、沢山の事を学んだ。

色んな事を学ぶ必要があったんだと思う。

その過程で、自分にサイキック能力があったことも分かったし、自分が愛であることも分かった。

統合することで、自分は愛であり宇宙であり、地球であることもわかった。

そして、全ての人は宇宙の子であり、外見や年齢は関係なく全ては同じであるということ。

古い魂とか、そういう違いはあるにせよ、皆同じなのだ。

ツインレイの出逢いが、最初から一筋縄ではいかないのは、当たり前なのだ。

社会的地位の立場や年齢差や既婚の有無、人種・言語の壁など、それらが設定されているのは、全ては愛の存在であり、そこに壁など存在しない事を分かる為。

そして、その関係は同等であることを、理解するためでもある。

ありのままの自分を愛する。

そのありのままの自分を、相手は愛している。

貴女は、ありのままで愛されている。

そう思いますよ。(*^▽^*)

日本人の気質なのか、人と同じことで安心する傾向があるよね。

同じファッションだったりさ。

でも、そもそも人と違うんだから、それを自分に赦したらいいんじゃない?

一昔前にはやった「ありのままで」(*’ω’*)

貴女という花を咲かせてください。

それを、ツインレイの相手は待ち望んでいると思いますよ。

私も含めてね。(*^▽^*)

今日は、タイトルとあんまりズレなかったかな(笑)

今日も、とりとめのないブログを読んでくれて、ありがとうございます。

またね~